松陰ブログ
SHO-IN Weblog
真夏にセーター
2026.09.18
みなさん、こんにちは。松陰高校の元二です。
最近、小学生の登校風景を見ながら「私が子どもの頃とは、ずいぶん変わったなあ」と思うことがあります。
集団登校が少なくなっていたり、日傘をさして登校する子がいたり…
スポーツ少年団の野球でも、サングラスをかけて守備をしている小学生を見かけるようになりました。
私が子どもの頃なら、雨でもない日に傘をさしていたら
「傘で遊ばない!」と怒られていたような気がします。
今の夏の暑さを考えると、日傘もサングラスも自分の体を守るためのもの。
昔の「普通」が、今も普通とは限らないんですよね。
そんなことを一番身近で感じさせてくれるのが、我が家の三男です。
三男は暑い時期でも、学校へ行く時にセーターを着ていきます。
外は真夏。見ているだけで暑苦しい。
私は当然「暑くないん?」と聞きます。
すると三男は、いたって普通の顔で、
「学校のクーラーが寒いから」と一言。
最初は「いやいや、それでもセーターは暑いやろ」と思いました。
でも考えてみれば、今の学校は冷房が当たり前です。
席によっては風が直接当たって、本当に寒く感じることもあるのでしょう。

一方、私の学生時代はというと教室が暑くなると、下敷きをうちわ代わりにしてパタパタ。
先生に見つかると「下敷きであおがない!」と言われる。そんな時代でした。
「夏の教室」という同じ言葉でも、親と子では思い浮かべる景色そのものが違うんですね。
そこで、ふと思いました。
私たち大人は、子どもの行動を見て、
「なんでそんなことするの?」
と思うことがよくあります。
朝なかなか動かない。
人が平気な場所をしんどく感じる。
みんなが楽しそうにしていることに興味を示さない。
逆に、こちらには理解できないことに夢中になる。
大人から見れば「フツウはこうじゃない?」
と思うことでも、本人に聞いてみると、
「そういうことだったのか」
と初めて分かることがあります。
三男のセーターもそうでした。
私には「真夏にセーターを着ている子」に見えていましたが、
三男からすれば、
「冷房で寒いから、自分で調整しているだけ」。
同じものを見ているのに、見えているものが少し違っていたんです。
これは親子だけではないのかもしれません。
学校で生徒たちと話していても、こちらが想像していたことと、本人が考えていたことが全く違うことがあります。
外から見える行動だけでは、その理由までは分かりません。
だから最近は、
「なんで?」
で終わらせずに、
「何か理由があるのかな?」
と、もう一歩だけ考えてみることが大事なのかなと思うようになりました。
子どもたちを理解するために必要なのは、大人の経験だけではなく、本人の話を聞くことなのかもしれません。
そして私自身も、「自分たちの頃はこうだった」という言葉が出そうになったら、ちょっと気をつけようと思います。
…と言いながら朝、外気温30度を超える日にセーター姿の三男を見ると、
やはり毎回「ほんまに暑くないん?」と聞いてしまいます。
すると三男から返ってくるのは、いつも同じ。
「学校、寒いから。」
どうやら変わらなければいけないのは、三男の服装ではなく、私の「当たり前」の方なのかもしれません。
以上、元二でした。